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午後5時。それは、昼の自分と夜の自分を切り替えるためのとても大切な時刻だ。
英国では、お茶を楽しみながら軽い食事をとるハイ・ティーと呼ばれる時間。ハイ・ティーとは、レストランなどの脚の高い食事用テーブルで提供される夕方のティータイムのこと。これに対し、有名なアフタヌーン・ティーは、小さなラウンドテーブルやロー・テーブルで供されることから別名ロー・ティーともいう。元来、7時以降にオペラ鑑賞や観劇を楽しむ習慣がある英国においては、夕食が9時以降になることが多いため、お楽しみ前の軽い腹ごしらえの時間として定着したようだ。
ファイブ・オクロック・オ・ジャンジャンブル。「午後5時に香るジンジャー」と名付けられた意味深なオード・パルファン。一説には、セルジュ・ルタンスが英国のバッキンガム宮殿のアフタヌーン・ティーからインスピレーションを得て2007年にクリストファー・シェルドレイクに作らせたというが、詳細は定かではない。伝統と格式を重んじるロイヤル・アフタヌーン・ティーのメニューには、キュウリのサンドウィッチ、スコーン、各種のケーキが登場するものの、ショウガを用いたジンジャー・ブレッドやクッキーは見当たらないようだ。とすれば、言葉遊びや暗示が好きなルタンスのこと、おそらくこのネーミングにも何か秘密があるのだろう。黒いゴシックの館で一人ほくそ笑む彼の姿が思い浮かぶようだ。
では「午後5時に香るジンジャー」、一体どんな香りかというと。
禁欲的なスクゥエアボトルから香りをプッシュすると、まず、透明でさっぱりした柑橘のような香りと、ふわっと乾燥ハーブのような香りが相まって、鼻を刺激してくる。そしてすぐに広がる樹脂系のくぐもった香り。洋酒に薬草を混ぜて煮詰めたような、粘りけのあるアンバーのムードがトップから感じられる。ルタンスによくあるアラビアンなオープニング。
3分後、こんもりとしたバルサムの香りの奥から、ペッパーのムズムズ系の香り、シナモンのスパイシーな香りが主張してくるようになる。そして同時に、煮詰めた黒蜜のような香りもしてくる。わずかに甘いハニー系の。さながら、ミルク抜きのスパイスチャイにべっこう飴のスティックを入れて少し溶かしたような雰囲気。それでも全体にシャープでスッキリしているのは、ヴァニラ系のクリーミーな香料が入っていないからだろう。このペッパー&シナモン&黒蜜に、次第に辛みと温かみが加わってくる。それがジンジャー系の香料だ。ここで完全にホットスパイス系のドライな香りに変わってくる。じんわりと響く辛口のスパイス香。背後には深みのあるアンバーの甘苦しい木の樹脂の香り。それが3時間ほどゆったり続く。
ラストは意外にもあっさりしている。ミドルからのジンジャーの辛みと温もりが減衰しつつ、アンバーの薬っぽい香りも一緒にフェイドアウト。わずかな甘さを残して消える。持続時間は大体3〜4時間程度で、案外短め。変化もわりと単調。
全体的に見ると、ルタンスらしいハーバル&スパイシーなオープニングから、ジンジャーが次第に強くなってくる展開で、どちらかというとマニッシュな辛口フレグランスといった印象。キリッとした辛みとじんわり響くスパイスが持ち味。ただ、ルタンスの作品にありがちな強烈な暗さというか、何か一つの香料を強調したようなインパクトはやや抑えめ。そういう意味では、オリエンタルスパイシーの中では使いやすい部類だと思う。どこか洋酒っぽくもあり、お香&タバコっぽくもある。それでも一番イメージが近いのは、やはりジンジャーブレッドだろう。ジンジャー・パウダー、シナモン、ナツメグなどを入れて蜜で甘く仕上げた、しっとりしたブラウンケーキ。ミルクをたっぷり注いだ英国式ミルクティーにはぴったりの素朴なスイーツだ。
バッキンガム宮殿はいざ知らず、カントリーサイドの家庭的なハイ・ティーでは、そんな伝統的なジンジャー・ブレッドを楽しむことも多いようだ。英国では、ショウガは料理用でなく、お菓子や飲み物に使われるスパイスとしての認識が一般的だという。三段に皿が重ねられたティースタンドには、フィンガーサンドイッチ、ジンジャー・ブレッドやスコーン、そしてデザートケーキが乗せられ、その周りに各家々の大切なティーセットが並べられる。そんなローカルなハイ・ティーにこそ、ジンジャーの香りが漂っているのかも知れない。伝統と格式と礼儀作法を重んじるルーティンの中にも、各家々にはその家ならではの温かいティータイムがあるのだろう。
午後5時。それは、堅実な昼の仕事を終え、華やかな夜の社交に向かう女性たちが、心と衣を切り替える時刻。家々の窓にともり始めるあかり、お茶を囲んで大切な人と語り合う美しい夕べ。
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