5.3
評価グラフ
女がシガー(葉巻)をくわえている。無造作に髪をかきあげ、赤い唇からゆっくりと煙を吐き出す。ロンドンのシガーバー、常連の紳士たちが時折彼女に思わせぶりな視線を送るが、女はただ静かにウィスキーのグラスを傾け、最高の酒とプレミアムシガーの香りに酔いしれている。テーブルランプの灯りに包まれ、紫煙と極上の酒の匂いが立ちこめている。男たちの胸に小さな火が灯りはじめている。
タバコ・ヴァニラの香りも、人の心に火をつけるのだろう。
2007年、トム・フォードがリリースしたプライヴェート・ブレンド・シリーズ初期の名作。50mlボトルで現在31900円。当時は「こんな価格は高すぎる!」と大騒ぎしていたが、いつの間にか持ってしまっている。げにおそろしや香水沼。ただ、今もこのシリーズの価格はおしなべて高いとは思っている。物によっては4万円を越える作品もあるし。
さて、そんなタバコヴァニラ。今年伊勢丹サロンドパルファンで、老舗キャロンが新しくリリースしたタバック・エクスキが異常なほど大人気だったことから、巷にタバコノートの大ブームか?と思い「そういやタバコヴァニラ全然使ってなかったな」と引っ張りだしてきて使ったら、前述の古い映画の1シーンを思い出した。いい女に極上のシガーバーは似合いすぎる。
タバコヴァニラをスプレーする。その瞬間、芳醇な洋酒を一口すすったような、強烈で複雑な香りに包まれる。のっけからKOパンチ並の出力、改めて恐れ入る。
鼻の奥に突き刺さる甘く辛い香り。まず感じられるのはシナモンだ。すぐさま下の方から、じんわり湿った苦味の強い香りが一気に広がる。あー、これタバコの箱を開けたときのくぐもった匂いだ。続けて、スパイスがこれでもかと次々にやってくる。スッと冷たいカルダモン、甘く痺れる苦味のクローブ、ナツメグのホットなドライスパイシー感も出てくる。もうトップからエンジン全開な感じ。強烈スパイシームーブなトップ。そしてこの香りが8~10時間ほど続く。超ロングラスティング。ヴァニラ?そんなものは見あたらない。騙されてはいけない。これはタバコヴァニラではない。スパイシータバコと名前を変えた方がいい香水。
とはいえ、前述のスパイスと暗いタバコノートだけでこんなに漆黒な香りができるはずはない。何か決定的な香料がこの作品をやたらと真っ黒にしている。もともとこげ茶なタバコノートだけじゃない何か。おそらくそれはビターチョコの風合いをもったカカオ系の香料だろう。
チョコというと甘いイメージがつきまとうが、ここで使われているのは真っ黒なカカオの苦味ばしった香り。ミルキーさはない。ただ若干のクリーミーさはある。それも茶色いこげたクリーミー。これがこの香水のヴァニラの正体だ。タバコヴァニラに使われているヴァニラは、同シリーズのヴァニラファタールにも使われているような、焦げたスモーキーヴァニラのようだ。それがラストあたりでほんのり感じられる。ほんのりだ。
それでも
この超絶ワイルドなスパイス&暗いタバコな香水には、切なくマイルドなハニーの甘さがずっと続いていて、心にやきつく。なぜならその蜜の香りが、クラフトコーラやスパイスチャイを思わせるからだ。そこに秘めやかなシガーの煙が濃厚に漂っている。甘く、辛く、苦く。心をシビれさせていく。
出力が高く、ひときわ強いスパイシーさとタバコノートを持った香水、それがタバコヴァニラだ。ヴァニラを感じることは少ないが、それでも人の心に炎と爪痕を残すには十分な香り。かなり男性向けの黒さ&暗さではあるが、女性でこの香りが好きな方も多いようだ。使いどころとしては寝香水にしているという声をよく聞く。こういう強い香りは、男性ならウェスト、女性なら内腿あたりにつけると、香りが揮発して上るうちにマイルドになっていい。そうすれば茶色いヴァニラが柔らかく効いて、かなり扇情的になるだろう。むろん誰かさんの言った「香水はkissしてほしい場所に付けるのよ」といった意味合いも含めて。
シガーバーの男性客たちが、いよいよ色めきたっている。女が脚を組み変えるたび、紫煙がゆるやかに男たちの元へ流れてゆく。それは甘いハチミツのようで、ダークチョコのようで、男たちの心をときめかせる。けれど誰一人、席を立って彼女を口説きに行くことができない。その隙のない身のこなしと、あまりに男性的でスパイシーな女の香水が男たちを躊躇させている。きっと立派な連れが遅れて来るのだろう。どんな男があんな美女をベッドに連れて行けるのかと、暗い炎に身をこがしながら。
女の唇に微笑が浮かぶ。フロアに女の香りが立ちこめる。
それはタバコヴァニラ。漆黒のワイルド&マイルド。
今宵この黒い煙に 心震わせて眠れ
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