ペンハリガン / サルトリアル オードトワレ 口コミ

サルトリアルを初めて嗅いだ時のことを今も鮮烈に覚えている。「なんてストイックで厳格な男の香りだろう」そう思った。上質なセミワイドカラーのシャツ、スーツの袖口から見えるシャツの長さはハーフインチ。Vゾーンが狭く、スキのないタイトフィットのオーダーメイドスーツを着こなした英国紳士。その威厳に満ち溢れた横顔が思い浮かんだ。

ペンハリガンのサルトリアルは、ベルトラン・ドュショフールが２０１０年に作った「紳士」のためのオードトワレだ。そこには女性的な華やかさや、若者向けの爽やかさは微塵も感じられない。徹底的に「流儀」にこだわり、ある意味冷徹なまでに自分の仕事をこなしてゆく本物の男たちを想い描いて作られた香りだ。求めたキーワードは「完璧さ」だという。

「仕立て屋」という意味のこの香りは、ロンドンの中心部メイフェアにあるショッピングストリート、サヴィル・ロウにあるビスポーク・テイラーの老舗「ノートン＆サンズ」をモチーフにして作られた。ビスポークとは、“Be spoke”。つまり、客が口頭で希望を伝えながら作るテイラーメイドを表す造語で、サヴィル・ロウ発祥の言葉だ。ノートン＆サンズの顧客には、ヨーロッパの皇室やアジアの王族、さらにはアメリカ大統領までが名を連ねるという。余談だが、日本語の「背広（せびろ）」の語源はこの「サヴィル・ロウ」の音からきている。まさに、紳士服の聖地といっていい仕立て屋街だ。

では、その香りはどうかというと。

サルトリアルをスプレーすると、まず最初に、ギリギリとした苦みとともに一瞬立ち上るムワリとした樹脂の香りが鼻をくすぐる。そしてすぐに、キン！と音が出そうなくらい鼻をついてくるのがメタリックなノート。同時に、スパイスとハーブが複雑な香気を見せながらも、どこかスッキリした清涼感を伴って鼻腔を刺激してくる。かろうじてペッパー系のピリッとした部分を認識するが、まるで銀のスプーンをなめたような金属的な高い香りがそれらを包むことで、「高熱のスチームアイロンから出るスパイシーな蒸気」といったトップに感じられる。

３分もすると、背後から清涼感と共にグリーンな香りが感じられるようになる。スパイスとミックスされているが、ラベンダーのような香気。ツンとした暗いラベンダー。ちょっとアニマリックなレザーが混じって、こげ茶色のハーバルといった雰囲気。ジンジャーの熱やカルダモンのシビレ感、酔わせるようなスコッチのアルコールっぽい匂いも感じられる瞬間がある。とかくたくさんの香料の辛みと苦みとシャープなエッジが際立っているミドルだ。甘さとフローラルはほとんど感じない。そんなところが、厳格さや頑固さ、タイトでスマートな英国スーツを思わせるのかもしれない。

持続時間はそれほど長くなく、自分の肌で２〜３時間。拡散力も思ったより強くはない。スプレーした肌に鼻を近づけるとギリリとした辛みと苦み、シャープな金属の光を感じるような程度で、周囲へ迷惑をかけるようなタイプではないと思う。ラストは、ミドルから少しずつオゾンやハーブ、スパイス、メタリックノートが消えていき、ウッディとソーピーなムスクが残って、穏やかにフェードアウトしていく印象。

タイトなスーツをさらりと着こなせる男、あるいは、仕事をバリバリこなすビジネスマンから香ると、信望やまじめさをさらにアップさせるような香り。ただ、好き嫌いはかなり分かれそうだ。トニック臭というのではないにしても、かなりスパイスの辛みが強く、鋭くかつソリッドな香りで、マニッシュだ。日本人でこれをつけこなせる男がいるとしたら、心身ともに相当に強い男だろう。「香りがつける者を選ぶ」というような、なかなか難しめの香り。そんな敷居の高さはあると思う。そういう意味では、上質にこだわり続けてきたペンハリガンならではの作品と言ってもいいかも知れない。ベルトランが何度も「ノートン＆サンズ」に通いつめ、店内の空気感とイメージを大切に調香したという逸話も、さもありなんといった感じだ。その景色が目に浮かぶよう。

世界各国から選び抜かれた上質な生地の温かみある匂い。スチームアイロンの少しハーバルな蒸気。裁断機の少し黒ずんだ油の匂い、年季の入った革張りのソファ―の光沢。古びた型紙のくぐもった匂い。裁ちばさみの金属的な光。そして、白を基調とした店内の、いたるところで感じられる木の香り。

ここは、紳士の心と体に完璧なフィッティングを約束する店。それは上質の香りのように、身体全体を心地よく包みこむ男のビスポーク・テイラーメイド。ようこそ、サヴィル・ロウのサルトリアルへ。

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