フレデリック マル / ノワール エピス 口コミ

第一印象ってすごく大事だと思う。香りも人も。

ノワール・エピス。「黒のスパイス」。初めて肌にのせたときの強烈な印象は忘れられない。「うわ！なにこれ？」思わず言っていた。

最初に思い浮かんだのは、これは決して家族の前ではつけられないな、ということ。香水はごくごく淡い香りしか受け付けない妻、安い合成フルーツ香を「いい香り」と信じて疑わない高校生＆中学生の息子・娘たち。以前、彼らの前でうっかりファーレンハイトをつけた日には、信じられないくらいの罵倒を浴びた。（ファンの方、ごめんなさい）それ以来、家庭内では香水難民状態である。←なんだ、それは。

なのにこのノワール・エピスのトップの風変わりさは、ファーレンハイトの比ではない。あらん限りのガッデムなののしりを受けたトラウマ・デイを思い出し、初めてつけた瞬間からこの香りは、「長時間一人でいるとき用」に決定した。

香りに色があるなら、確かに「黒」を思わせるトップ。それはなぜかと、つけるたびに考えた。それはトップのきつさが、ウィスキーのような飲用アルコール系に感じられる点と、それがとても暗く低く、苦みばしっているせいかと。

トップの構成は、オレンジ、ローズ、ゼラニウムなどのよう。はじめは、この強烈に暗いアルコール系の香りが、これらのコンボで出るとは思えなかった。ただ、どこかで確実にかいだことのある風味。そして、最近それが、コニャックにビターオレンジを加えたオレンジリキュールの香りに似ているかなと思うようになった。強いアルデヒドっぽさ、そして甘さを廃したオレンジピールのような香り。

やがてミドルで劇的に香りが入れ替わる。このへんはとても不思議で、香りの変化がおもしろい。ビターなアルコールっぽさと入れ替わるように、下の方でスパイシーなクローブの香り、そして、苦いオレンジの皮と入れ替わるように出てくるのが、涼しげなフローラルの香り。華やかながら少し重い。ミドルの構成は、ナツメグ、シナモン、ペッパー、クローブあたり。これらのうち、突出しているのはクローブかと思う。クローブの低音の上に、ゼラニウムの冷たい感じが強く主張してくるような印象。ローズはあまり感じない。ただこのあたりは、とてもクラシカル。アルデヒディック・フローラルな雰囲気。ミツコやNo.５など、マダムっぽいパウダリーな側面が見え隠れする。

そしてラスト。あの衝撃的な暗いトップはなんだったのだろう？そう思えるほど、劇的に柔らかく、乾いた木の香ばしい香りで減衰していく。ラストのクレジットは、サンダルウッド、パチョリ、シダー、バニラなど。それらの中では、サンダルウッドとシダーっぽいウォームなウッディの印象。温かみのある硬い木の香りに、ほんのちょっとだけバニラの甘さ。そんな感じで心地よく消えていく。

フレデリック・マルといえば、原料・生産テクノロジー・時間など、調香師を苦しめていた制限をなるべく取り払い、すぐれた調香師が自由に香りを創造することをめざしたメゾン。２０００年のプロダクツ開始と共に、偉大なる調香師エドモン・ルドニツカの息子であるミッシェル・ルドニツカが調香したのが、このノワール・エピス。

ミッシェル・ルドニツカの業績でよく目にするのは、彼が単に調香師だということでなく、インドやアフリカを旅して得たもの、そこからインスパイアされたものを映像と香りと音を使って表現するワークを展開してきたことだ。彼は「視覚」「嗅覚」「聴覚」を同時に刺激するアーティストだ。

そんなことを考えながら、この香りの淵にたたずむと、さまざまなイメージがわきあがる。自分はこの香りをつけるたびに、さまざまな映画のワンシーンがその都度姿を変えて目の前にフラッシュバックする。「ゴッド・ファーザー」の銃撃シーンの火薬の匂い。「タクシー・ドライバー」で主人公が夜の街を徘徊するとき、マンホールからふき上がる水蒸気の音。拳銃を突きつけて説教をする「ファイト・クラブ」の鬼気迫るブラッド・ピットの顔。そして、街角の街灯の下、バイクにまたがった「ドラゴン・タトゥーの女」のシルエット。俺の大好きな「黒い映画」たち。俺の中でのフィルム・ノワール。

ノワール・エピスは、冷たく暗い底からはい上がり、やがて、少しだけあたたかい肌のぬくもりを感じて、心が旅立つときに使ってみたいと思う香りだ。香りが人を選ぶのか、人が香りを選ぶのか。この激変する香りにこめられた思いに、いつ自分はフィットするだろう。

第一印象ってすごく大事だと思う。香りも人も。ノワール・エピスとかけて自分ととく。その心は、第一印象がとっつきにくいこと。でもだからって、つきあってみると案外いいよ、なんてことは、この香りには言えても、自分には言えない。

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