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ディオールのオーソバージュは、真夏のギラつく太陽をそのままボトルにとじこめたようなオード・トワレだ。肌に吹き付けると、唾液が出そうなレモンシャワーとともに、熱を帯びたリーフグリーンの香りと、灼けた肌のアーシーな香りが同時に漂う。さながら、若き日のアラン・ドロンの出世作「太陽がいっぱい」そのもの。
オーソバージュは、1966年、名調香師エドモン・ルドニツカによってリリースされたディオール初のメンズフレグランス。それは最初にして最大のヒット作となり、今日まで名香としてゆるぎない地位を築いてきた。60年代の欧米でのブレイク以降、今なお老若男女問わず多くの方に愛用され、ベストセラーを続けている。では、オーソバージュとはいったいどんな香りなのか?
トップ。つけたては一瞬、ベースとなっているモス系の湿った苦み、ベチバーの土っぽさがふわっと鼻をくすぐり、メンズ香水独特の匂いをふりまく。いわゆるトニックっぽい香り、男っぽい香りと揶揄されるようなオープニングだ。その後すぐにはじけるようなレモンの香りが広がってくる。ベルガモットとのミックスのようだが、黄色いレモンの酸味がより強く感じられる。そして、そのサワーな感じがその後も続いていく。
3分後、ミドル。レモンのジューシーな香りに、バジルの透明感、ローズマリーのグリーンさ、ラベンダーの清涼感が混じって広がってくる。シトラス&アロマティック。鶏肉のハーブ&レモン焼きの匂いにも似て、温かみが感じられておいしそうな香りになる。このトワレに初めて使われたヘディオンという香料は、単体ではジャスミンっぽいフローラルのようだが、他の香料と合わせることで、きらめきやレモン様シトラスの香りを持続させる効果があるという。確かに、グリーンでサワー感のある香りがトップからずっと続き、大体3〜5時間、つけたところで穏やかに香り続ける。
ラストはかなり低音になり、メンズな雰囲気になる。モス系の湿った苦み、ベチバーの土っぽいウッディにしっかり変化し、シプレのベースが感じられるエンディング。このへんは日本人の女性は苦手だと感じる方も多いかもしれない。もともと体臭が強い欧米の方々のマスキング・フレグランスとして用いられてきたトワレなので、ベースは強いウッディだ。欧米では重厚感があって好まれるラストだが、体臭があまりしない日本人は強い香りを使ってきた歴史もないので、感じ方や好き嫌いは人それぞれだろう。モスやベチバーのラストはクラシカルな印象も強め。ぜひ付けてみてラストまでの変化をきちんと確かめてみてほしいと思う。付けてから6時間前後で自然にフェードアウトしてゆく。トワレにしてはかなり残香性がある方だ。
欧米ではいまだにベストセラーなオーソバージュだけれど、日本では特に女性の評価で賛否両論あるようだ。苦手な方いわく「トニック臭、オヤジ臭」。いやな言葉だなと思う。それでもあえて出したのは、昭和の頃にリリースされた日本のメンズコスメのほとんどの香りが、実はこのオーソバージュに影響を受けて作られていたからだ。男性のヘアトニック、ヘアリキッド、オーデコロン、シェーブローション。それらの多くがこのオーソバージュの香りの模倣、アレンジだったと言っても過言ではない。畢竟、それらを使う男たちの、どれも似たような香りが日本中にあふれた。そして「トニック臭」などという言葉が生まれ、本家のこの香りさえそう呼ばれてしまっているという。そんな皮肉な状況に苦笑せざるを得ない。
皮肉といえば、アラン・ドロンもそうだ。甘いマスクとクールな表情で日本では女性に大人気だった彼だが、本国フランスの女性は「嫌い」と答える方が今も多いそうだ。理由はいろいろあれど、こちらも「ところ変われば好みも変わる」という典型だろう。そんなアラン・ドロンが2009年からデビュー当時の姿で、フランス女性が好きなオーソバージュのイメージキャラを務めているのだから皮肉なものだ。
彼が若き日に主演した「太陽がいっぱい」は、本当に心に残るいい映画だった。原題の“Plein soleil”には、実は2つの意味があると言われている。plein de soleilsであれば「太陽がたくさんある」だが、en plein soleilだとすれば、「太陽がギラギラ照りつける下で」の意味になる。おそらく、双方の意を汲んだ詩的なタイトルを、ということで「太陽がいっぱい」にしたのだろう。
そんな「太陽がいっぱい」のアラン・ドロンは、哀しいくらいに美しく、本物の愛に飢えた表情が印象的だった。だから、今でもこのトワレを時折つけるたび、彼の切ない瞳を思い出す。
オーソバージュ。それは、ギラつく夏の太陽の下、金と権力と愛をいっぱいに求め続けた孤独な青年の野望を秘めた水。
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