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もしも、心から愛おしいと思える男性に出会ったら、女性は、相手に何を願うのだろう?ボトルに描かれた三日月を見つめながらエンディミオンの香りを嗅ぐとき、ふとそんな思いが心をよぎる。
「エンディミオン」とは、ギリシャ神話に登場する羊飼いの青年の名前だ。彼は、月の女神セレーネーに見初められ、激しい恋に落ちたことで有名だ。このフレグランスのイメージもそこから来ている。
女神セレーネーはエンディミオンに夢中になり、毎夜、天界から舞い降りて、美しい寝姿の彼を飽かず眺めた。やがて、狂おしい思いを抑えきれなくなったセレーネーは、彼に口づけし、抱擁し、互いに愛し合うようになる。月日が流れ、人間であるエンディミオンだけが年をとり、美しかった顔も、張りのある体も衰えていくことをセレーネーは知る。そして、いつか彼の死が二人の愛を分かつことを悟った彼女は、大神ゼウスに「ある願い」を託したという。その願いとは一体何だったのか?
エンディミオンは、2003年、ペンハリガンのアルテミジアのペアフレグランスとして発売されたオーデコロンだ。折り目正しく、スクゥエアな香りが多いペンハリガンのメンズラインにあって、とてもソフトな印象のオリエンタル・スパイシー系の香りだ。
トップは、柔らかなベルガモットの香りとマンダリンのほのかな甘さで開く。すぐに下からラベンダーの清涼感とふっくらした感じが出てきて、よくあるラベンダーコロン風のトップになる。かなり揮発が弱く、透明なヴェールがかかっているようで、香り立ちが弱い。付けた部分に鼻を近づけないと、何も香っていないように感じられることもある。
やがて5分ほどすると、甘く、少しこげた感じの茶色っぽい香りが出てくる。この香りがアンバーのようでそうではなく、一体何だろうとずっと思っていたが、コーヒーアブソリュートだと知って納得した。それは、カクテルのカルーア・ミルクなどに使うコーヒー・リキュールの香りを薄めたような雰囲気。ラベンダーのスッキリした香りの下から、このコーヒーリキュール風の香りが混ざってくると、何だかとてもいいミックスになる。各香料がかなり淡い感じだが、不意にスパイシーに感じられたり、コーヒーのほろ苦さが出てきたりして興味深い。
ミドルの香りは、コロンのわりには淡く長く漂っている感じで、大体1〜2時間ほど続くように思う。とはいえ、どこからラストか分からないほど、ベースの香料のクレジットが多いので、気が付いた頃には、ムスクともベチバーともミルラとも言えない穏やかすぎる紙っぽい匂いのラストで消えていく。日によって違うが、ここまで2〜3時間程度といったところ。最初から淡過ぎるので、何だか全体のイメージもぼんやりとしたたま消えていったという展開になることが多い。
全体的に、ツンとこなくて、トニックっぽくなくて、スパイシーすぎないメンズ用コロンだと思う。特徴がはっきりしないけれど、こういう香りが得てして好まれることも多いものだ。エンディミオンはもしかしたら、女性が好みやすい男性用の香りの系統かも知れない。だとすれば、女性から男性へのギフト・フレグランスとしておすすめだ。主張が強すぎない点や、「月」と「恋物語」をイメージさせるロマンティックな点、高級感がある点で、なかなかいいセレクトになる可能性が高いと思う。
女神セレーネーが、人間エンディミオンのためにゼウスに頼みこんだ「願い」。それは、エンディミオンを自分たち神々のように不老不死にしてほしいというものだった。ゼウスはその頼みを聞き入れた。だが人間を神と同等にすることはできない。だから条件付きという形で。
それ以来、エンディミオンは、老いることも死ぬこともなくなった。ただし、永遠の命と引き換えに、二度と目覚めることのない「永遠に眠った姿のまま」で。
それでもセレーネーは、そんなエンディミオンの寝顔に会うために、毎夜、天界から降りて来たという。一体彼女の真の願いは何だったのだろう?彼の美しさを永遠にとどめること?それとも、彼をずっと自分だけに束縛すること…?
月の女神セレーネーは後年、狩猟の女神であったアルテミスとも混同され、エンディミオンの相手がアルテミスであったとされる話も残っている。ペンハリガンは、この2つの名前から、ペアフレグランスイメージを作ったのだろう。アルテミス=アルテミジアと一概には言えないけれど。
今宵、また柔らかな月の光がエンディミオンの寝顔を照らす。それは本当に、月の女神セレーネーの望んだ姿だったのだろうか。叙事詩「エンディミオン」を書いたイギリスの詩人の言葉をなぞり、エンディミオンの香りに再び思いをめぐらす。
「美しきものは、永遠(とこしえ)に喜びなり」 ジョン・キーツ
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