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春から初夏にかけて、女性におすすめの香りを挙げるとしたら、ペンハリガンのエレニシアは外せない。気温がまだ高くなく過ごしやすいこの時期は、女性にとってフローラル系が一番似合うシーズンだと思う。中でもこのエレニシアは、ガーデニアのふくよかな香りをメインにしながら、ジャスミンやローズ、チュベローズを上手く配して、華やかで魅惑的な白いブーケの香りを演出していて女性に人気だ。
エレニシアのトップは、バイオレットリーフの薬っぽいような洋酒のような香りから始まる。同時にわずかな酸味と甘みを感じるオレンジ系シトラスの雰囲気も。
5分もすると、深く暗いバイオレットリーフの香りの奥から、じわじわとホワイトフローラルが広がってくる。ジャスミンにイランイランをわずかに添えたような、コクのある白い花々の香りだ。そこに黄色い花粉と蜜を混ぜたような濃厚な香りも混じってきて、クラクラしそうになる。抑圧的でストイックな香りが多い英国系のペンハリガンにあって、フランスのゲランやシャネルのフローラルにもひけをとらない派手さだ。ふだんからあまり香りを付けない方は、このあたりで軽く頭痛を覚えることもあるかもしれない。それほどアピール力が強い。
このミドルのフローラルの調香は絶妙だ。ガーデニア特有のもったりとした厚い花弁の香りを中心に、それを増幅するようなきれいめのローズ、すずらん香にも似たジャスミン&チュベローズのミックスなどが複雑に絡み合って、しっとりとした白い花々の饗宴となる。しかも、背後から出ている紫色のプラムの香りが、いい感じで花々の香りに濃い陰影をつけている。このフルーティーで甘酸っぱい香りは、ともするとくどくなって飽きがきやすいフローラルブーケに、美味しそうなひと味を添えているように思う。このミドルは、6〜8時間はしっかり香る。淡くて短時間で消失する香りが多いペンハリガンでは、かなりロングラスティングな部類だろう。
ラストは、香りのバランスがとても印象的だ。これでもかと主張していた白いフローラルが淡くなってくると、サンダルウッドのようなウッディがほのかに肌から立ちのぼって、温かい香りに変わってくる。クレジットにはないものの、香ばしい木の香りが感じられてくる。さらに、それはわずかにヴァニラのクリーミーさをまとい、ふわふわと漂うようなチュベローズのセクシーな残り香を連れている。このラストは何ともセンシュアルだ。花弁の奥の深いところにある蜜をそっとなめたように、甘くて苦い秘密の味がする。このラストを女性がほのかに漂わせたら、周囲の男性はどこか心が浮わついて落ち着かないだろう。もっと近くで嗅いでみたい、男性にそう思わせる吸引力のあるラストだ。ペンハリガンは以前からフローラルブーケの調合が上手いと思っているが、このエレニシアのベースの香りにも、ゲランやシャネルの名香に匹敵する官能性がうかがえる。
華があって、可憐で、どこか思わせぶりな小悪魔な部分も併せ持つ蠱惑的なフローラル。同じフローラル系のアルテミシアはもう少し抑制が効いていて控えめだが、エレニシアは自己主張が強めなので、その時々の気分で使い分けたい。この香りをまとえるのは、心と体の調子が上向いているときだろう。オンオフで言えば、確実にオフ向き。好きな洋服を着て、リラックスして楽しい時間を過ごしたいときに似合うと思う。逆に心の調子が下がっているときには、この手の強めのフローラルは、きつく苦しく感じるかも知れない。フレグランスは心の温度によって合う時と合わないときがあるし、逆に言えば、そのときどきの心の温度を測れる体温計にもなる。
エレニシアのネーミングの元になったのは、ケルト神話の物語「マクセンの夢」に登場するウェールズの王女エレン(Ellen)と推察される。少なくとも「妖精」という意味の単語ではない。神話に登場する不思議な存在だから妖精という捉えなのだろう。それは一介のローマ軍人だったマグヌスの物語。彼はある日リンゴの木の下で眠っていた時、夢の中で美しい娘と出会う。その娘の面影を忘れられない彼は、各地で戦い出世していくさ中、彼女を探し続け、遂にイギリス王の宮殿で夢に見た娘と出会う。それが王女エレンだった。彼はエレンをめとり、やがてウェールズ王&イギリス王(ブリタニア王)となり、西ローマ皇帝にまでなったという。
白い花々を集めたエレガントな花束、それは運命的に出会った2人のロイヤルウェディングブーケの香りなのだろう。ホワイト・フローラルの逸品エレニシア、そこに込められたのは、コーンウォールに伝わる誰もが知る出世譚、そして理想の女性をどこまでも探し続けた壮大なラブロマンス。
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