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カリフォルニアの青い空&夜のLAの憂鬱 の画像

カリフォルニアの青い空&夜のLAの憂鬱(4件)

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「カリフォルニアの青い空&夜のLAの憂鬱」クチコミ

YOU OR SOMEONE LIKE YOU(あなたのような誰か) / Etat libre D'orange by doggyhonzawaさん の画像

Etat libre D'orange / YOU OR SOMEONE LIKE YOU(あなたのような誰か)

doggyhonzawaさん

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ある日K子は夫のクローゼットの棚の隅に、見慣れない箱を見つけた。初夏の午後のことである。開け放した窓辺、柔らかな風がカーテンを揺らしていたが、それを見つけた瞬間、背中が冷たく感じられた。 白いボックスの角に青い目玉のような模様。K子はなぜかそのブルーアイに見つめられたような気がして一瞬息を飲んだ。そしてそっとその箱に手を伸ばした。 箱の中にはスクウェアなガラスボトルが入っていた。エタリーブルドランジェ"YOU OR SOMEONE LIKE YOU"と書いてある。銀のキャップをとる。かすかにグリーンな香りが鼻をかすめる。香水だった。きっとどこかの女からもらったんだ。そう思った。 躊躇なく腕にスプレーした。すぐにクールなミントの香りと苦いグレープフルーツの香りに包まれた。その奥からメロンのような瓜系のみずみずしさが感じられた。細身のスーツを着た若い男性に似合いそうな香りだと思った。段腹と二重あごが目立ち始めた夫の横顔を思い出して鼻で笑った。そしてすぐ真顔になる。誰がこんな物を?夫に? 3分ほどして香りは少し苦味を帯び始めた。K子がもっているゲランの香水のトップに似ている。おそらくグレープフルーツ系の香料だろう、そう思った。夫はIT関連の企業に勤めていたが、昨年から関連会社に出向している。給料も下がった。事実上の左遷。ただ若い女性が多い職場だと聞いている。その中のだれか?それとも・・・。 気になってネットで調べてみた。日本語では「あなたのような誰か」と表記されていた。オードパルファム。香りの帝王ルカなんちゃらという人の本を書いたチャンドラー・バールの小説タイトルからとった名前だという。香りの構成は不明。わざと明らかにしないことで全体の香りを楽しんでもらうという意図。調香師はキャロライン・サバス。定価50mlで12500円(税別)。 もともとコスメショップに勤めていたのである程度香水の知識は持っていたが、エタリーブルドランジェもその調香師も知らなかった。どうやら最近都内で増えてきた香水専門店で売っているらしい。店舗は4ヶ所。新宿、銀座、六本木、そして池袋。だったらおそらく出所は池袋。夫の勤務先とは目と鼻の先だ。 小一時間も調べていたろうか。腕につけた香りは深くじんわりとしたグリーンノートが強く出始めていた。オゾニックな青いノートと混じるように冷たくややしびれるようなアーティフィシャル。どこかのガラス磨き洗剤で感じたような香りに近いと思った。夫の加齢臭を洗浄しようと若い子がねらったブラックジョークだろうか?笑えない。 いつのまにか日は傾いていた。居間に射す光が長くなっている。まだ洗濯も途中、今日やろうと思っていたワードローブの入れ替えも頓挫したままだ。香水なんてつけたこともない夫の、クローゼットの棚の隅、背の低いK子からは見えにくい位置に置かれていたこの爆弾を見つけたことで、心の中に落ちた黒いインクがじわじわと広がってゆく。買ったのはあなた?それとも。 もしもプレゼントだとしたら…。贈った相手をプロファイリングしてみる。トップは清涼感あるミント、苦味のあるグレープフルーツ、そしてこんもりとしたメロンの香り。贈り主は爽やかさとクールさ、そしてしっとりした雰囲気を好む女性だ。あるいは夫にそのイメージを投影しているのか。ミドルはグリーンノートのシャープさ、オゾンノートが醸し出す青空のような爽快感がキー。これは涼しい顔して仕事をさらりとこなすイメージだろうか。それともナチュラル指向?自然の雄大さを感じさせる香料ブレンドだから包容力を象徴しているようにも思える。夫にそんなものがあったろうか?それとも出向先ではそんなふうに見せているのか。疑問はつきなかった。そして静かに時と香りは流れた。 夜10時。夫が帰宅。遅い夕食。ビール。とりたてて会話もなく、ただ2人の無言をテレビの音が埋めるダイニングテーブル。いつものルーティン。不意に、新聞に顔をうずめていた夫が誰にともなくつぶやく。 「そうそう。今度の土曜日、ゴルフコンペ入った。泊まり。」 ちらりと新聞ごしに夫の表情をうかがう。目は新聞に落としたままだ。K子は立ちあがり、夫が手をつけなかった料理をトレーにのせながらさらりと言う。 「そう?幹事はだれ?またいつものように、あなた?それとも・・・」 一瞬手を止め、K子は夫の横顔を見つめたまま言った。 「あなたのような 誰か?」 その瞬間、ほんのわずか固まった夫の表情をK子は見逃さなかった。そしてそれからにっこり微笑んで言った。 「楽しみね。どうぞ行ってらっしゃい。」 K子の腕からラストのホワイトムスクが、柔らかく夜の静寂(しじま)に流れている。